First Creation: 2006/01/12
Last Update: 2006/07/28
給料日まで、残すところあと 1日。財布の中身は 1680円。普通に暮らすだけなら何とでもなるが、甘い誘惑にかられて極限状態に。
宝くじ関連の中では、ロト6 が一番好きだ。
ロト6 とは、1〜43 までの数字の中から、好きな数字を 6つ選ぶ宝くじのことだ。
抽選方式は 43個のボールを順番に 6つ(実際は ボーナス数字も含めた 7つ)をビンゴ方式で選ぶ、という単純なもの。当然、同じ数字が二度選ばれることはない。そのため、1等が出る確率は、は 43 * 42 * 41 * 40 * 39 * 38 ≒ 43億 9千万分の 1 となる。
1つの予想で 200円と非常にリーズナブル。だけど当たらない。しかし何といってもその醍醐味は、「選択した数字が 1等になる確率は不変」という潔さに尽きる。
年末ジャンボのような一般的な宝くじだとこうはいかない。何故なら、購入する売り場とタイミング、バラか連番かという観点からでしか、宝くじを「選べない」からである。
購入した番号がたまたま 1等になる確率は、両者とも確かに不変である。しかし、それは全て偶然の賜物・・・と言ってしまうとロトも同じなんだが・・・
例えば、北海道の A売り場で、2005年12月15日 13:00:00 にバラを買った人が 1等が当たったものとする。とすると、それを購入できた人物は、北海道の A売り場周辺にいた人に限るだろう。仙台に住む私がそれを買える可能性は 0 なのである。そういうところが嫌なのだ。
ロトの場合は、当たり数字は自分で決めるから外れても恨みはしない、というアクティブな思考である。
一方、宝くじは、自分の買った番号がどうか選ばれますようにという神頼み的な思考である。
私は前者が好きというだけの話だが、ロトの当たり確率は隕石に当たる確率(100億分の1)とさして変わらないわけで。
隕石に当たる確率
それにしても、この隕石に当たる確率というのは無理がある数字だ。だいたい歴史上、隕石に当たった人物が何人いると言うのだ?
私に言わせれば、隕石に当たる確率というのは、
( 隕石に当たったことがある人物 / 人類発生から 2006年まで人間が誕生した数) * 100 [%]
だと思うのだが。それが 100億分の 1 ってことはないのではなかろうか。100億分の 1 という確率なら、歴史上かなりの人間に隕石がぶち当たっている計算になる。
いや、待て。隕石の大きさがとてつもないサイズだとすると、一個落ちると何十人かは巻き込まれる(直接当たった人のこと)。むろん、余波で総人口の何十%が死んでしまうだろうけど、間接的な被害はカウントしない。そう考えると、100億分の 1 という数字は、一概に違うとも言い切れないような気がする。
まあいいや。
そんなこんなで、帰宅途中のことである。
靴擦れが一部ビミョウに悪化していた私は、ちょうと良いタイミングで通りかかったバスに乗り込んだ。職場から仙台駅の手前まで、180円だった。残り金額 1500円である。
木曜日はロト6 の当選発表日である。従って、本日買ったロトは、今日の夜に結果が分かる。別に毎回買っているわけではないが、その日はどういうわけか当たる気がして、どんな数字を選ぼうか、などと考えていたのだが、突如、地下鉄交通費のことが頭を過ぎった。
ここでロト6 を購入すると残り金額が 500円になってしまう。地下鉄代は片道 290円である。今日帰宅するための金額を差し引くと 残り 210円。
ということは、ロト6 を購入すると明日会社に来れなくなってしまうのである!
給料が振り込まれるまで遅刻しますという情けない電話をかけている自分を想像すると泣ける。
そのときは数字を 4つ選んで 800円分にすればいいじゃん、という思考はなく、そういえば家に 80円くらいの半端に残ったスキップカード(地下鉄用チケットみたいなやつ)あったよなあ、財布に 3000円の QUOカード(こっちはコンビニ用)あったからいざとなったら金券ショップに・・・
こうして一か八か的な記憶を頼りに、私はロト6 を購入し、家に帰った。その結果と言えば、スキップカードはあったけどロト6 は外れたという、まあいつものパターン。